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高校サッカー指導者(学校職員):豊島裕介「感謝の積み重ねが人を作る」

プロフィール

豊島裕介(とよしまゆうすけ)1980年生まれ
出身:神奈川県、ポジション:MF
サッカー歴:ヴェルディJr.⇒帝京高校⇒帝京大学
現在:大成高校(東京都)サッカー部総監督

現在の状況について

今はどんなお仕事をされているんですか?

東京都、三鷹市にある私立高校の大成高校でサッカー部の監督をやっています。

どういった経緯でいまの仕事にたどり着いたんですか?

プロ選手を目指し社会人2、3年目までサッカーをやっていました。ですが、怪我もあり学生時代から興味があった指導の道に進みました。地元横浜で小学生のコーチとして指導キャリアをスタートしました。多くの方のご協力もありながら近隣のクラブチームや堀越高校などのコーチを経て、2006年に現在のチーム大成高校のコーチに就任しました

他に選択肢はありましたか?

ありませんでした。ずっとプロサッカー選手だけを目指してやってきましたので。指導者になるとは思ってもいませんでした。

サッカーキャリアやサッカー感について

サッカーキャリアを教えていただけますか?

小学生の時に地元横浜でサッカーを始めました。中学時代は東京ヴェルディの下部組織に所属し、高校は少し遠かったですが帝京高校に進学しました。
全国から選手が集まってきますから、1年上の先輩中田浩二(元鹿島アントラーズ)さんを筆頭に先輩・後輩に上手い選手がたくさんいてすごく濃い3年間を過ごせました。高校3年時には冬の選手権で東福岡と決勝戦を行い、残念ながら準優勝でしたが、高校選抜にも選ばれたりもしました。

高校卒業後、大学進学を選択されたんですね?

高校生の頃からプロ選手になりたかったので、それに向けてやってきました。3年間でそれなりの実績は残せたかなとは思います。ですがプロチームからの誘いは無かったので大学進学を選択しました。当時、帝京大学がサッカー部を強化していこうと打ち出していたこともあり特待生としてお声がけいただいて。4年間大学サッカーを経験することも貴重かなと思いましたし、後輩たちへ道を作ることでお世話になった帝京高校への恩返しの思いもあり帝京大学に決めました。(当時プロチームからも打診があったことは数年経ってから関係者の方に聞きましたが)

大学でのサッカーはいかがでしたか?

そうですね。自分で大学進学を選んだものの、プロに行っておけばってよかったなって思いを抱えながらやっていました。日々のトレーニングに集中できない時期があったり、当時帝京大学は東京都リーグだったこともあり、少し自分が思い描いた世界と違っていて。
1年、2年と過ごすうちに、高校の同級生なんかはJリーグで試合にも出ていたりして。「このままではいけない」と自分にカツを入れたのを覚えています。そこからは腐らず毎日のトレーニングにも打ち込み、プロ選手に繋がりそうな事はなんでもやりました。その一つとして、サッカー指導も経験しました。指導者の目線を学ぶことで自身のプレーの質も上がるんじゃないかって考えて。少しずつですが気持ちを取り戻し、結果も出せるようになってきました。その甲斐もありJリーグチームのキャンプに参加などもしました。ですがタイミングが合わず、また怪我もあり契約には至りませんでした。

その後はどうされたんですか?

現在の東京23FCの前身となる社会人チームでプレーを続けながらプロ入りを模索していました。並行してサッカーの指導も行っていました。
ある日、学生のころ指導頂いたことがある現FC琉球の樋口監督にお会いする機会があって、その時にトレーニングしながら指導も行っていることを話したら、「選手にとっても指導はめちゃくちゃ活きるから大変でも1年は両立してみたら」とアドバイス頂きました。自分の思いとリンクするところがあり、間違っていなかったんだって自信がもてましたね。
プレイヤーとしてあきらめずにやっていたものの、指導の面白さにも引き込まれていきました。中途半端な状態で指導をするのも選手たちに申し訳ないなと思い始め2006年に指導一本に絞りました。

大成高校には2006年に就任されたんですね?

はい。小学生の指導や、堀越高校サッカー部の指導もさせて頂いたのですが、2006年に現職の大成高校にお話をいただいたのがきっかけです。当時はまだ部員が20名程度とあまり強いチームとは言えませんでしたが、これからのビジョンや思いを直接話していただき、ぜひ力になりたいと決意し就任しました
最初は外部コーチとして関わらせていただいていたのですが、徐々に評価をいただいて学校の職員となり、現在は監督を務めています。

現在の大成高校はいかがですか?

はい。おかげさまで東京都代表になれそうなレベルまで上がってきました。2019年に念願のインターハイに出場することができました。就任当初は20名程度のサッカー部でしたが、現在は200名を超える選手たちが切磋琢磨しています。全選手たちに目が行き届くようにコーチスタッフも増員し、全員に平等にチャンスが与えられるよう体制を組んでいます。そして現在の3年生から学校初のJリーガーも誕生します。

指導で心がけていることはありますか?

高校生の指導って本当に面白いんですよね。学校教育ができる最後のタイミングになる子たちもいます。サッカーだけ教えればいいってもんじゃないと考えています。プロチームなら勝つための采配や、サッカーが上手ければそれだけでいいかもしれません。ですが、みんな高校を卒業したら社会にでますので、サッカーを通してどんな世界でも活躍できる生徒を育てることを重んじています。
今では先輩・後輩関係なく、自主的に練習1時間前にはグラウンドに出てボール磨きやストレッチなどをやっています。また、頻繁に遠征に行くこともありますが、帰ったら家族に感謝を忘れないよう言っています。感謝の気持ちを常に持って、遠征はどうだったかなど家族と会話をすることでコミュニケーションが生まれて欲しいとも思っています。
私自身の経験からかもしれませんが「感謝の気持ちを持てる」ことが最も大切だと考えています。人生はサッカーだけではないですから。まずは身近な人に感謝できる人間になってもらたいなって。着る服、サッカーシューズ、お弁当、遠征先でのサッカー、全て当たり前に思っちゃいけないよって。そうすることで様々な人から応援される人間になろうって。

指導の他、学校の職員としても働かれているんですよね?

はい。監督業を行っていますが、学校の職員としても勤務しています。現在は学校施設の責任者をやらせてもらってます。あとは広報なども携わっています。サッカー以外のお仕事も任せていただいて、とてもやりがいがあって楽しいですよ。

よりよいセカンドキャリア準備のために

現在サッカーを頑張っている方々へアドバイスをお願いします

とにかくサッカーをやってきた経験に自信を持ってください。中には「それしかやってきてないから」って考えてる人もいます。ですが、その考え方は違うと思っています。逆に言うと1つの事に何年も、誘惑にも負けず続けてきたんですよ。なかなかできるもんじゃないんです。これってすごい価値・経験ですよね
どんな世界に出てもこれまでやり切ってきた経験値がありますから。もっと自信を持っていいと思うんですよね。私自身もここまでサッカーに多くの時間を費やしてきました。ですが、そんな私がこうやって立派な高校で働けているわけですから。
少しでもサッカーを続けたい気持ちがあれば最後の最後までサッカーをやってください。年齢は関係ありません。その後は今までの経験を活かした何かを探していけばいいんです。

余談ですが・・・
私自身、高校時代から目の前まで「プロ選手」がきていて、でもなかなか掴めない状況を人のせいにしたり、運がないって悲観したりしていました。ですが、今では最高のキャリアだったって考えています。関わってきた皆さんに感謝しています。だっていま最高のチーム、コーチスタッフ、学校関係者の方、生徒たち、生徒の親御さんに囲まれて好きなサッカーに関われているんですから。

(取材協力・牛山雅之)