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横浜FC:「学ぶ意欲や姿勢を持ち続ける大切さ」内田がモデルとしたのはあのレジェンド

プロフィール

内田 智也(うちだ ともや)1983年生まれ
出身地:三重県、ポジション:MF
サッカー歴:横浜FC(2002-2007)⇒大宮アルディージャ(2008-2010)⇒ヴァンフォーレ甲府(2011)⇒横浜FC(2012-2016)⇒南区足球会(2017)
現職:Club Relations Officer・広報(横浜FC)

現在の状況について

今はどんなお仕事をされているんですか?

現役時に在籍した横浜FCにてC.R.O(Club Relations Officer)とチーム広報として働いています。C.R.Oはアンバサダーのような役割でクラブを認知してもらったり、試合に足を運んでいただくためのきっかけを作るような活動を行っています。具体的には現役選手と共に地元の小学校を訪問したり、イベントに参加したり。広報としてはシーズン前のキャンプ、シーズンが始まるとホーム試合・アウェイ試合とトップチームの全ての活動に帯同し、取材対応をしたりチームの活動をSNSで発信したりしています。

 ー 部署はどのような体制ですか?
広報は4名います。うち2名がチーム広報、2名がコーポレート広報として従事しています。C.R.Oとして活動しているのは私のみとなります。私がこの役職に就任するまでは設置されていなかったポジションだったのですが、ありがたいことに現役選手の頃から当時の社長に引退後は横浜FCで働かないか?とお声がけいただいていました。最初は現場でもいいし事業側でもいいよと。
合計で11シーズン、横浜FCに選手として在籍しましたので現場の雰囲気はある程度分かっていました。その経験を活かして指導者としてお世話になろうかなとも考えましたが、事業側にも興味があったので新たな世界に挑戦してみようと思い選択をしました。
最初はスクールを回ったり、引退直後で体が動きましたので、サッカーを通してスタジアムへの来場を促すような取り組みを行っていました。

 ー 他にもそういった流れで入社される方はいらっしゃいますか?
指導者としてそのまま横浜FCに残る方はいますが、現役を退いて事業側に入っているのは私だけです。

どういった経緯で現職にたどり着いたんですか?

プロサッカー選手として最後に在籍したのは香港のチームでした。香港のシーズンはヨーロッパと同じ5月に終わるんですよね。その後、夏の移籍ウインドーの際に日本でチームを探していましたが、見合った条件のチームがみつからず引退を決意しました。
一般企業への就職なども検討し、様々な選択肢を検討しました。ですが最終的には、これまでサッカー選手を続けてこられる礎を築いてくれたこのクラブに恩返ししたいという気持ちが強く、横浜FCへの入社を決めました。現役時に最も長くお世話になりましたし、このクラブと出会わなければここまで選手生活を充実させられなかったと考えています。ファン・サポーターの皆さんも温かい方ばかりです。

 ー 入社直後から広報担当をされていたんですか?
最初はホームタウン担当だったんですが、前任の広報担当者が退職となったタイミングの2019年7月に広報へ就任しました。後任者は外部から募ろうって話もありましたが、当時は三浦知良選手含め、知名度が高い選手がたくさん在籍しており、いきなり外部の方が関係性を構築するのは難しいなって。そこで選手として共にプレーした私に白羽の矢がたった感じです。

 ー チーム運営にあたり選手と事業部との橋渡しのような役割もされるんですか?
はい。選手と事業側のコミュニケーションは今でこそ活発になってきましたが、これまではあまりそういった機会がありませんでした。私が現役時にチームの選手会長をやっていた際に積極的に事業側(当時の社長)と意見交換をしていましたがその延長を現在も行っている感じです。
チームの雰囲気や現場の生の声を事業側へ伝えたり、もっとこういう取り組みをしたらお客さんが喜ぶんじゃないかって意見を伝えたりしています。選手目線の意見も大変貴重なので、機を見て、選手とはコミュニケーションを図るようにしています。

現職でのやりがいはどんなところですか?

はい。「横浜FCがあって良かった」ってお声がけいただけるのが本当に嬉しく、やりがいを感じます。もちろん試合に足を運んでくれるのも嬉しいのですが「地域の皆さんの課題解決に少しでも貢献できるクラブ」を目指しやっていければと思います。他クラブの取組みなんかも参考にしながら、常に何かを考え、チャレンジして、失敗してもいいので頑張っていきたいです。

 ー チーム運営側の業務はいかがですか?
はい。入社してから数年たちますが、難しいなと感じるときがあります。数値化できない部分も多いので効果を示すのが難しいんですよね。自分の活動は、本当に必要なのかっていう部分は、常に自問自答しています。ただ答えがないからこそ、ファン・サポーターの皆さんや地域の方々と接点をもって地道に継続して取り組んでいくことが重要だと考えています。
積極的に活動していきたいし、選手・スタッフを巻き込んで推進していきたいですね。これまで現役選手たちや同僚スタッフ、ファン・サポーター、支えてくださる関係者の方々みなさんすごく協力的で周りの方に恵まれてるなと実感しています。

サッカーキャリアやサッカー感について

サッカーキャリアを教えていただけますか?

小学一年生から地元の少年団でサッカーを始めました。その後も地元の中学校でサッカー部に所属しました。高校年代ではJリーグのアカデミーにも興味がありましたが兄の影響もあり地元の強豪、四日市中央工業高校に進学しました。高校3年時にプロを志望していたところ横浜FCからオファーをいただきました。
2002年の加入から6シーズン横浜FCでプレーし、2008年からは自分自身の力を試したいと大宮アルディージャに移籍しました。その後はヴァンフォーレ甲府で1年プレーし、2012年からは再び横浜FCへ戻ってきました。2017年には、半年間香港のクラブでプレーしました。香港での契約が満了し日本に戻って横浜FCのユースチームの練習に参加させてもらったりしながら新たな移籍先を探していました。数か月は継続してチームを探していましたが条件に見合ったチームが見つからないこともあり引退を決めました。

よりよいセカンドキャリア準備のために

これまでのサッカーを通して大切にしてきたものはありますか?

はい。いまでも仲良くさせて頂いていますが、現役のころから近くでカズさんを(三浦知良選手)見てきて「学ぶ意欲や姿勢を持ち続けることの大切さ」を実感しています。他人の意見に耳を傾け続けることを当たり前にできる。歳を重ねると難しい方もいると思いますが、サッカー選手に限らず大事だなって。このあたりは生涯大切にしていきたいです。
カズさんは必ず試合のあとも若い選手にアドバイスを自ら求めるんですよね。そういう学ぶ意欲、姿勢を持ち続けているからこそああいった功績が残せるんだと。どんな時も謙虚さを忘れてはいけないと思っています。

現役時代にやっておけばよかったと思うことはありますか?

自分の可能性を拡げること。自分はどちらかというと古いタイプの人間だったのかもしれません。(笑)
サッカーだけに集中して、すべてをサッカーに費やすタイプだったのですが、今思うと、もっと自分の興味がある物事に対して、アクションを起こせばよかったなって。例えば他競技の方や経営者の方と交流する、語学や将来を意識して勉強するなど。ただ、自身の性格として一人の時間が好きだったりもするので、無理する必要はないかなとも思います。今は一人でオンラインで交流や勉強することができる時代なので。本を読むだけでも、新たな発見へとつなげられますから。時間を大切にしてほしいですね。

将来のキャリアパスはありますか?

それが具体的なイメージがあまり湧いてこないんです。(笑)
それよりは目の前のことを一生懸命やることを心掛けています。ただ「このクラブをより良くしたい」、「このクラブに関わる全ての人に喜んでもらいたい」、「横浜FCがあって良かったと思ってもらいたい」。この部分は変わることはないので、その為に自分には何ができるのかを追い求めていきたいです。
また、選手の引退後のモデルケースとしての道もしっかりとしたものを残していきたいです。これまでこのクラブでは自分のように引退して、事業側に入社する人がいませんでした。なので決まったレールのようなものはなく、毎日が手探りではありますが、逆に言えば、あらゆる可能性があるかなって。選手が引退後の不安を持たずに安心して、競技生活に打ち込めるためにも、僕が結果を出さなければいけないという想いは強いです。

現在サッカーを頑張っている方々へアドバイスをお願いします

やはりサッカーを通じて得た喜びや感動、悔しさなどすべてを含めて、サッカーって素晴らしいスポーツでこれほど感情を揺さぶられるものはないなと。引退した今でもチームが負けると本当に悔しくて。(笑)
だからこそサッカーもそうですが、サッカーだけに限らず自分が夢中になれるもの、その時間を大切にしてほしいです。必ず人生を豊かにしてくれる。「人生を楽しむこと」そのためのアクションはいつだって自分次第で起こせるということを伝えたいです。そして、周りの支えてくれている方々への感謝の気持ちは常に持ち続けてほしいですね。



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