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復興支援:夢を目標に変えてくれたJヴィレッジのそばで。西嶋が17年間のプロ生活で得たものとは?

プロフィール

西嶋 弘之(にしじま ひろゆき)1982年生まれ
出身地:奈良県、ポジション:DF
サッカー歴:奈良育英高校⇒京都パープルサンガ (強化指定選手)⇒サンフレッチェ広島
⇒ヴィッセル神戸⇒コンサドーレ札幌⇒徳島ヴォルティス⇒横浜FC⇒ギラヴァンツ北九州
現職:原子力損害賠償・廃炉等支援機構 福島第一原発現地事務所
その他:DREAM 福島アクションプラン、CPサッカー日本代表コーチ

現在の状況について

今はどんなお仕事をされているんですか?

原子力損害賠償・廃炉等支援機構の団体職員として福島第一原発現地事務所で勤務しています。機構本部は東京にありますが、東京電力福島第1原子力発電所に隣接する富岡町(Jヴィレッジの近く)に現地事務所があり、そこの職員として勤務しています。

 ー 具体的にはどういった業務を担当されていますか?
廃炉にかかわる地域コミュニケーションや連絡調整などを行っています。また、年に一度開催される福島第一廃炉国際フォーラムの集客・運営も行っています。廃炉が着実・円滑に進むように地域の方々とコミュニケーションを図り、少しでも力になれるよう業務に携わっています。

 ー 他にも取り組まれている事があるんですね?
廃炉に関わるお仕事と並行して、サッカー協会とJリーグが共同でやっているDREAM福島アクションプランにも参加しています。サッカー界として継続した福島の復興支援の取り組みです。フロントオフィスがJヴィレッジにあって、その一員としてサッカーを通した復興支援に参加させてもらっています。
その他にも、昨年の夏からCPサッカー(脳性麻痺)日本代表の指導にも関わらせていただいています。他にも様々なイベントや指導のご依頼があれば参加したり、JFA主催の夢先生などもお声がけいただいたりと日々を送っています。

どういった経緯でいまの仕事にたどり着いたんですか?

横浜FCからギラヴァンツ北九州へ移籍し、3年目のシーズン中に昔からお世話になっている方からお話をいただきました。その時点では今シーズンで引退するつもりはまだなかったので話を伺がっただけでした。そのシーズンで正式に引退を決め、ご報告すると北九州まで来ていただき、改めてお誘いただきました。

 ー すぐに決断されましたか?
ありがたいことに他にも指導者や育成などサッカー関係のお仕事を含めいくつかお声がけをいただきました。現役中に引退後のイメージを具体的に持っていなかったこともあり少し悩んでいました。
そんな中、サッカーとは違った世界の経験もしてみたい、人生の幅を広げたいという考えから現職に興味がありました。もう少し詳しく知りたいなと思い、実際に福島を訪問し業務内容や現地の状況などをご紹介いただきました。未知の世界でしたが、これまで経験できなかったことに触れられる期待が最も大きく、チャレンジしてみたいという気持ちになりました。また自分の人生を変えてくれたJヴィレッジの近くで勤務できることもあり決断に至りました。

 ー Jヴィレッジでの思い出があるんですか?
奈良県出身なのですが、中学3年生の時に関西選抜の一員として初めてJヴィレッジでプレーしました。最高の環境の中、同世代のトップレベルの選手たちとの数日間のトレーニングでした。自分の手が届かないと思っていた選手たちと互角以上に戦うことができたんですよね。
Jヴィレッジは自分がサッカー選手としての手ごたえを掴めた地でした。それがきっかけでプロサッカー選手になると決心し、地元の強豪校、奈良育英高校に進学しました。

大切にしていることはありますか?

「人との繋がり」です。人はひとりでは生きていけませんから、誰かの応援・支えがあって初めて様々なことにチャレンジできる。またチャレンジすることで自身の成長に繋げられたらいいなって考えています。実際にこれまで多くの方に応援してもらい、チャンスを頂いてきました。人との繋がりを感じることで人生が豊かになるんじゃないかなって。
そのためにもコミュニケーションは重要だと考えています。自分を知ってもらい、相手をしっかり理解する。サッカーでも仕事でも同じですよね。そうやってコミュニケーションを取りながらひとつの物事を達成できれば喜びを共有でき、深い信頼関係に繋がっていきますから。

サッカーキャリアやサッカー感について

サッカーキャリアを教えていただけますか?

高校卒業後サンフレッチェ広島に入団し、その後ヴィッセル神戸、コンサドーレ札幌、徳島ヴォルティス、横浜FC、ギラヴァンツ北九州と17年に渡りプレーしました。

 ー 順調なプロサッカー選手生活ですね?
いえ、それが最初に入団したサンフレッチェ広島では3年間一度もベンチに入れず契約満了になりました。その後、まわりからも大学進学を進めらましたが、このままでは終われないという思いもあり何チームかのトライアウトへ参加しました。すぐにオファーも無く不安な日々を過ごしましたが運よくJ1のヴィッセル神戸に移籍しました。首の皮一枚で繋がった感じです。
所属チームが決まったものの、なかなか試合に出場する事ができませんでした。目の前のトレーニングに全力に取り組むことしかできないので、気持ちを切り替え努力を続けました。そんな姿を監督やコーチが見てくれていたのか、まずは出場経験を積む必要があるとアドバイスいただき、J2で移籍先を探すため多くのチームに当たってくれました。
そうして2004年のシーズン中に当時J2だったコンサドーレ札幌に移籍しました。移籍後すぐから6年半コンスタントに試合にでることができました。コツコツとあきらめずに努力を続けてきて良かったという思いと、チャンスを与えてくれた多くの関係者の方々に感謝しています。
目の前のことを一生懸命やり続けられれば、絶対に誰か見てくれていますし、応援してもらえたり、手を差し伸べてくれます。精一杯頑張り続けることが重要だと思います。

 - 17年目のシーズン終了後に引退されたんですね?
はい。ギラヴァンツ北九州の3シーズン目ですね。まだ数試合を残す11月頃にチームと面談があり契約満了を告げられました。J2に上がれない状況でチーム事情もあったり、年齢や足首のケガもありそろそろかなと覚悟はしていました。そんな状況で残り5試合、集大成として「全力で取り組もう」って気持ちを切り替えました。コンディション調整も上手く進み引退を惜しまれるくらいのパフォーマンスが出せました。チームメイト、スタッフからも称賛いただき、サポーターからも西嶋コールをいただけて最高でした。

 - 心残りはありませんでしたか?
長らくサッカー選手をやってきましたので、ないと言えば嘘になります。ですが最後に自分の判断を正解にするのは自分ですから。他のチームを探すなど選択肢はありましたが、このタイミングで引退を決意し、最後全力でやり切ることができたのですっきりした気持ちでした。

よりよいセカンドキャリア準備のために

サッカーで身につけたことはありますか?

サッカー選手を目指す過程で、どうしたら良い食事ができるか?どうしたらコンディションが整うか?など目標に対しての習慣化が身に付いたと思います。あとは挨拶や身だしなみですかね。サッカーというスポーツを通して人としての基本をより学べたと考えています。

現在サッカーを頑張っている方々へアドバイスをお願いします

サッカー選手としての時間は本当に貴重です。そんな今を大切に、サッカー選手として高みを目指すため1日1日を全力で取り組んで欲しいと思います。
また普段の生活の中で些細なことでいいので知識を増やすことを意識してもらいたいですね。簡単なことからで十分です。隙間時間での読書や、分からない言葉があったら検索するだけでもいい。知識を蓄えることが習慣化されていけば人生に有用だと思いますし、サッカーにも転用できる部分がありますから。
引退後、新たな環境に飛びこめば必ず壁に当たることはあります。そんな時のためにも目の前のサッカーに全力を注ぎながらも身近なことから知識をつけることを意識してもらえればと思います。アスリートは壁に当たった時って本当に強いですから。

サッカーとはどういったものですか??

サッカーが自分自身の人生を豊かにしてくれました。多くの出会いを与えてくれましたし、勝利した時の喜び、負けた時の悔しさなど沢山感じることができました。
サッカーは最高に楽しいスポーツだし、応援してくれる人も沢山います。サッカー選手って世界一の職業だなって。そんな最高の舞台でチャレンジする環境があるなら全力で取り組み続けるべきだと考えています。そして全力で取り組んだ経験は必ず後になって、どんな世界でも活かせますから。

DREAM福島アクションプラン

地元に寄り添い継続的な活動を行うというアクションプランの考えのもと、2017年からスタートしJヴィレッジを中心に地域の復興支援活動を行っています。
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